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立山賦一首

立山賦一首 并短歌 此山者有新川郡也

天離る 鄙に名懸かす 越の中 国内ことごと 山はしも しじにあれども 川はしも 多に行けども 統め神の 領きいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに よそのみも 振り放け見つつ 万代の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね

立山に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神からならし

片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む

四月廿七日大伴宿祢家持作之

昨日の宴の中で、これまでに作った「二上山の賦」「遊覧布勢の水海の賦」に加えて、もう一つ、この越中一の秀峰「立山」を詠んだ歌を作らねばという話になった。もちろん都への手土産にだ。都に旅立つまで、あと数日。体調のことやら、何やらがいろいろとあって出立の日を延ばしてきてはいたが、もうこれ以上延ばすことは出来ない。遅くとも5月の薬玉の日を待たずには越中を発たなければならない。これからはその準備に忙殺される日が予想される。加えて「遊覧布勢の水海の賦」が、そうであったように池主殿に「和」していただくことを考えれば、今日中にでも歌を詠み、池主殿にお示ししなければならない。そんなふうに考えて大慌てで作ったのがこの長歌だ。

「立山」はこの越中から隣国飛騨に連なる山塊の主峰で、その巨大さは大和で見ることが出来た山々の比ではない。高さは、平城の都で慣れ親しんでいた春日山の五、六倍はあるだろうか。盛夏のごく一時期を除いては白く雪に覆われている。姿、形こそ違え、山部赤人殿や高橋虫麻呂殿の歌で知られる富士の山もかくやと思われるばかりの神々しさだ。昨日の宴での面々が都への手土産に是非にとおっしゃっていたのも肯われる。その真っ白な山際から朝日が昇りくる姿、夕日に赤く染め上げられる姿は思わず手を合わせたくなるような衝動にかられてしまう。

さて、歌の方だが上に「大慌てで作った」と書いたが、こうやってできあがりを見ると、やはり、それが故の粗雑さが目についてならない。例えば二句目「鄙に名懸かす」。「地方の国でもその名の知られていらっしゃる」の意であるが、この句がどの言葉にかかっているのかはっきりしない。私としては九句を隔てた「立山」を修飾する句として、この句を考えたのだが、素直に読む限り直下の「越の中」にかかっているものと受け止められても仕方がないような出来になってしまった。あれこれと工夫もしてみたのだがどうにも出来ず、結局「立山」の上に「その」とつけて、その係り受けを明らかにしようとしたが、やはりはっきりしない。自らの未熟さを恥じ入るのみである。

ところで今回の長歌は池主殿の「敬しみて遊覧布勢の水海の賦に和する」歌に負けぬようにと、この歌を整然としたものにしたいと思い、次のように対句を構成させてみた。

山)山はしも しじにあれども
(川)川はしも 多に行けども

(山)領きいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて
(川)帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の

(自分に対して)あり通ひ いや年のはに よそのみも 振り放け見つつ
(他者に対して)万代の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ

(音)音のみも
(名)名のみも

けれども、ご覧になってすぐにおわかりのように、二つ目の対句 「領きいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて」、「帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の」が「七・五・七・五・七」と「四・七・五・七・五」という具合に、五音句と七音句とがずれてしまった。 無様なことこの上ない。さらには本来一番言葉を費やして叙述するべき、「立山」についての具体的な記述が「常夏に 雪降り敷きて」の二句のみになってしまった。これは伝統的な宮城や国土讃美の手法を意識して「山」「川」の対比を重視した結果、「川」に関しての叙述が重きをなしてしまったが故のことである。「山」そのものを讃美しようとしたこの歌には、この手法は、不適切であったといわざるを得ない。

しかしながら、もはや時間は残されていない。あれこれと手直ししている時間は残されていない。これ以上池主殿にお示しするのが遅くなれば、池主殿が迷惑するだけだ。あとは「敬しみて遊覧布勢の水海の賦に和する」歌がそうであったようにと池主殿が私の長歌の足りないところを補ってくれるだろう。私の長歌と池主殿の「和」の歌とで「立山」の壮麗な姿を都の人々にお伝えできればそれでいい・・・