東風越俗語東風謂之あゆの風是也いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小船 漕ぎ隠る見ゆ
港風 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交し 鶴多に鳴く[一云 鶴騒くなり
天離る 鄙ともしるく ここだくも 繁き恋かも なぐる日もなく
越の海の 信濃濱名也の浜を 行き暮らし 長き春日も 忘れて思へや
右四首天平廿年春正月廿九日大伴宿祢家持
今日、一月の二十九日は平成の御代の暦で言えば三月のはじめ。寒さの厳しい越中の国といえど、ほのかの春の気配があちらこちらに漂う季節である。その陽気に誘われて国府近くの海浜をそぞろ歩きしながら作ったのがこの四首だ。いちいちの歌の出来はさほど自慢は出来ないが、それなりに工夫はしてある。特にその配列には格別の気配りをなしたつもりだ。
一口で言えば、漢詩の起承転結の構成に倣ったものと言えようか。一首目に奈呉の海の沖辺を行く漁師達の小舟を歌い、二首目はそれを承けて港近くの江の鶴を歌う。遠景から近景へと視点を変化させた。加えて、一首目が視覚を中心に歌ったのに対し、二首目は聴覚を中心に歌うといった風に変化をつけている。遠と近、景と音を対比しながら、この二首で今日のそぞろ歩きにおいて、私が接し得た全てを表現しようとしたのだ。
そして三首目。漢詩で言えば「転」の句にあたる。私もその作法に倣い、ここで私の「情」の部分を歌の中心においた。遠く大和を離れ、異郷に暮らし続ける哀しみ・・・「旅愁」を主題として歌ってみた。これは、二首目の「妻呼び交し 鶴多に鳴く」の句を受けてのものだ。「転」の句ではあっても、これまでの二首と遊離してしまっては何にもならない。ここはちょいと腕の見せ所だったと思う。そして、四首目。「結」の句に相当するこの歌は上三句で旅にある自分を歌い(これは一首目、二首目を受けたもの)、下二句で故郷の妻達を思う気持ちを歌う(三首目を受けたもの)形で締めくくりとする・・・・
以前、大伴池主殿とのやり取りの中で漢詩を作ってみたこともあったが、だいぶと苦労した上、池主殿のお目を汚してしまうような結果になってしまったことを考えると、この短歌四首で漢詩のように起承転結を構成するやり方の方が私には向いているのかも知れない。またこうした旅先にあっての作歌の作法として「旅」と「家」を対比することが重要なことであるのだが、これまた起承にあたる二首で越中の景物を歌い、転結相当の二首が家への思いを歌うというふうに、これもまたこの起承転結の構成の中にうまく取り込むことが出来た。
最後に上の歌中に加えた割注について説明しておこう。
一首目の注。越中の地においては東風のことを「あゆの風」という。ちょいとひなぶりの雰囲気を出してみたいと思い、「東風」と書いてあえて「あゆの風」と読ませようとしたものだ。ただし、ここでは厳密に東方から吹いてくる風と言うよりは、おおむねそちらの方から吹いてくる暖かな春の風という意味で使っている。
二首目の注。割注は初案である。今、この日記に書きつけるにあたり、「鶴多に鳴く」と改め、これを決定稿とした。四首目の注。私自身がこの「信濃」という語に興味を覚えてこの歌を作ったのだが、大和にあっては山国の名である「信濃」という言葉が浜の名であることが一見して、この歌を読む人にひっかかりを感じさせるかも知れないと思い、蛇足ながら付け加えたものである。