越中國守大伴家持報贈歌四首
一 答古人云
あしひきの山はなくもが月見れば同じき里を心隔てつ
一 答属目發思兼詠云遷任舊宅西北隅櫻樹
我が背子が古き垣内の桜花いまだ含めり一目見に来ね
一 答所心即以古人之跡代今日之意
恋ふといふはえも名付けたり言ふすべのたづきもなきは我が身なりけり
一 更矚目
三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ
三月十六日
池主殿からの書状は三月十五日と日付があったが、私の手元に届いたのは、今日、十六日である。この越中との国境の深見村から、この越中国府までの道のりを考えれば、至極当然のことではある。おそらく池主殿は駅使の警護見送りのため深見村までやってきていたのであろう。そして国境の山々を見晴るかしながら、そのこちらにいる私に思いをはせてくれたに違いない。 深見村から越前国府まで戻る道のりは、同所からこの越中国府までの道のりの三倍・・・・さぞや、越中に・・・との思いは強かったに違いない。そのことを承知の上で私は少し池主殿を困らせることにした。
一首目は池主殿の一首目に応えたものだが、私との間に立ちふさがる山を口実に、池主殿が会いに来てくれないことをなじるような恋歌仕立てにしてみた。
二首目もやはり池主殿の二首目に応えたもの。以前、池主殿が暮らしていらっしゃった旧宅の庭の桜(池主殿ご自慢の桜であった)が折も折、今にも咲き出しそうに蕾んでいる様を詠み、池主殿をこの越中に誘うように歌った。
そして三首目。これも池主殿の三首目に応えたもの。池主殿が私に逢えない苦しみを歌ったものだから、これも恋歌の作法にならってその苦しみは私の方が強いと歌ったものである。 私とて官人のはしくれ、諸国の官人が帝のご命令のまにまに、勝手にその任地を出ることが出来ないことぐらい十分に承知している。だから、こんなに近くまでいらっしゃった池主殿が泣く泣く越前の国府に帰ったであろうことは知っている。そしてこんな歌を贈ってやれば池主殿がきっと困ることも知っている。けれども、人は心に思うことは止めることの出来ないもの。そして、心に浮かんだならばそれを歌に書き留めずにいられないのは歌人でもある私の性。池主殿もその辺りは承知してくださることと思う。
そうして、その押さえきれぬ思いを私はさらに嘱目として四首目を詠んだのだ。今、越中は霞たなびくうららかな春。けれども、そんな麗しい季節となっても私の心は未だ冬・・・それは、あなたに会えないからだ・・・と伝えたかった。 池主殿からは、それは格調の高い序を添えての三首いただいた。本来ならば私も同じように序を添えたほうが形式としては整ったものになったであろう。けれども、文をしたためる、そのわずかな時間さえもどかしかった。一刻も早く我が思いを池主殿に伝えたかった。わき上がる感情をいちいち整理して文にまとめる時間が惜しかった。歌ならばわき上がるその思いを思いのままに書き付ければよい。そして・・・それが私には最もふさわしいやり方なのだ。