従珠洲郡發船還太沼郡之時泊長濱灣仰見月光作歌一首
珠洲(スズ)の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり
右件歌詞者 依春出擧巡行諸郡 當時當所属目作之 大伴宿祢家持
月の初めに国府を発って昨日やっと珠洲の郡までたどり着いた。珠洲の郡は能登の岬の最果ての地、これにて私の今回の巡行は終わる・・・そんな思いで船出をしたのは夜明け前であった。そして、この松田江の長浜にたどり着いた今月が煌々と海を照らしている。一日中の船旅であったゆえ、疲れは並々ならぬものがあるが、そんな疲れも忘れてしまうほどの心地よさが私にはあった。
国守になって初めての巡行であったゆえ、本当に気遣いの絶えない日々であった。けれども、そんな職務を一つ一つが済み、終わりに近づいてゆくのは、やはり充実感が伴う。そしてその職務も昨日でようやく終えた。気分は爽快そのものだ。ゆらゆらと海上に揺れる月明かりが何とも言えず美しい。二月の初旬、国府を発って出挙のための巡行を始めた。国府周辺はあちらこちらと見てまわったが、越中の国全体をこうやって見て回るのは初めてだ。いちいち目に入ってくるものが新鮮でならない。
歌が口をつく。
意図して歌を詠もうとしなくとも、歌が口をつくのだ。しめて九首。そのどれもがちょいとは胸を張れそうな出来栄えだ。昭和の御代に私の歌をひどく言うことの多かったと聞く土屋文明殿でさえも、今日のこの歌はご評価下さったと聞く。
意味のある数日であった・・・・