赴参氣太神宮行海邊之時作歌一首
志雄路(シヲヂ)から 直(タダ)越え来れば 羽咋(ハグヒ)の海 朝なぎしたり 船楫もがも
さあ今日からは能登を巡行する。能登は後の時代に一つの国として独立するようになったが、今はまだ越中の国の一部、私の支配下にある。気多の神宮は大国主大神(大己貴オホナムチ)を祀る。この能登の一の宮である。これからこの半島を巡行するにあたっては先ず第一にご挨拶しなければならないお社だ。
国府の近く阿尾の浦辺りから能登の半島を横切り、志雄へと抜ける山道を志雄路と呼んでいるが、今日はその道を真っ直ぐに越えてきた。すると眼前に拓けてきたのは羽咋の海。朝凪に鏡のように水面は静まりかえっている。半島の外側は荒々しくいつも波立っていると聞いていたが、これならば舟で移動すればさぞや楽であろうに・・・・舟がないことが残念でならない。
実力不足ではありますが、蛮勇を振り絞ってコメントをさせてもらいます。
実は気多大社周辺に『寺家遺跡(じけいせき)』というのがありまして、そこの発掘調査にちょっと・・・
元々は神に仕える神戸の遺跡だということだったのですが、大きな焚火儀礼の跡もあり製塩をした跡もあります。気多大社の社伝によると『異国の王子をおむかえした』ともあります。
ただ規模的に見るとかなり大きくて只の神戸というより、役所があった跡のようにも思われます。
もしかして家持がしばらく滞在したのかも・・・と。
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Noriさんへ
まことに恥ずかしいことながら、通り一遍の調べにて記事を更新しているものですから・・・
このような情報はまことにありがたく感じます。本当にお教え有難うございました。
それにしても社伝の「異国の王子をお迎えした」というのはなにかしら興味がそそられますね・・・
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