礪波郡雄神河邊作歌一首
雄神川 紅にほふ 娘子らし 葦付(アシツキ)水松之類取ると 瀬に立たすらし
今日からいよいよ春の出挙(スイコ)の為の巡行だ。これは国司としての当然の任である。本来ならば昨年もこれに出かけねばならなかったのだが、自らの病、そして税帳使としての任が重なり、越中国内を巡行することはかなわなかった。よって今年初めて私は国司として越中の国内を巡る事になる。水挙とは公の稲などを農民に貸し与え、秋になったらその利息も含めて借りた稲を返還すると言う仕組みである。初めは貧農を救済するための対策として生まれた制度であったが、その利息が3~5割と高利であるため、農民にとっては重い税のような性質を持つものに最近なってきた。きちっとした運用をしなければ、農民達は疲弊するばかりである。私にまかされた任は重い・・・ある意味では身が引き締まる思いがする。
とはいえ、いつもは国府周辺をウロウロとすることぐらいしかできない私だが、こうして公務とあれば大手を振って越中のあちらこちらを見に行くことが出来る。ひそかに今日の出立を楽しみにしていた。
まず初日の宿りは砺波の郡は雄神川の畔だ。雄神川は平成の御代において庄川と呼ばれている川だ。国府を出立し辿り着く頃には日暮れが近づいていた。夕陽に照らされた雄神川は紅に輝いていた。キラキラと輝く水面には葦附き海苔を摘んでいる乙女達の姿が遠く見えていた。まぶしいきらめきの中、実際にはその黒い影しか見えなかったのであるが、私はその裳裾を濡らし葦附き海苔を摘む様に、都の女達の姿を重ね合わせてしまった。当然の事ながら、川面が紅に輝いていたのは夕陽のせいであったが、私は「乙女らし」と詠んだ。これだと川面の紅は乙女たちのせいになってしまう。しかし、田舎の娘達のこと身につけているのは地味な色彩の衣服でしかない。どこにも紅に川面を照り映えさせる材料はない。
けれども、私には彼女たちが都の華やかな女たちと二重写しになって見えたのだ。そしてその都の女達は揃いも揃って艶やかな赤裳を身につけていた・・・・
人は虚構に過ぎると笑うかも知れない。しかし、私にはそうとしか見えなかったのだから仕方ない。私は我が目に映ったとおり歌を詠むしかないのだ。