敬和立山賦一首

敬和立山賦一首并二絶

朝日さし そがひに見ゆる 神ながら 御名に帯ばせる 白雲の 千重を押し別け 天そそり 高き立山 冬夏と 別くこともなく 白栲に 雪は降り置きて 古ゆ あり来にければ こごしかも 岩の神さび たまきはる 幾代経にけむ 立ちて居て 見れども異し 峰高み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の 音もさやけく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは

立山に降り置ける雪の常夏に消ずてわたるは神ながらとぞ

落ちたぎつ片貝川の絶えぬごと今見る人もやまず通はむ

右掾大伴宿祢池主和之 四月廿八日

これまた池主殿に一本とられてしまったようだ。昨日私が長歌の持つ欠陥を前回と同様に池主殿は見事なまでに補完してくださった。思えば私の長歌にはどうしても情に流れる傾向があり、具体的な叙述にかける傾向が多く見られ、実際の対象・・・ここでは「立山」・・・がどのような姿をしているのか、そしてそれがどんな風にすばらしいのかを見たことのない人に伝える力に乏しい。対して、池主殿のこの「和」歌は実に具体的に「立山」を描き出している。都の人々もこれを読めば「立山」がいかに壮麗で神々しい山か容易に想像できるというものだ。本当におそれ入った。「賦」という語を冠すべきはまさにこのような歌がふさわしいようにも思える。本当に勉強になった。自分はまだまだであるということを実感させられた思いがする。
さて歌の方といえば、冒頭の「朝日さし そがひに見ゆる」という一節にまず目が惹かれる。このように朝日に照らす出される対象物を歌うことは古事記にも「纏向の 日代の宮は 朝日の 日照る宮・・・」ともあるように宮城讃美の語だ。私が昨日の長歌に宮廷讃歌の手法を取り入れたことを受け止めた歌い出しといってよい。「そがひ」はその使われざまから「背後、後ろ、後方」の意、あるいは「斜め後ろ、横」と理解されていることが多いが、ここはそう考えるとこの歌の魅力は半減してしまう。なぜならば、その理解に基づくならば、ここで歌われた「立山は逆光の中の黒々とした山容を見せているか、あるいは作者である池主殿が「立山」を正面切って見ていないことになるからである。この長歌の歌いざまから考えたとき、池主殿は朝日の中に燦然と輝く「立山」を正面から見据えているのでなければならない。

とすれば、この「そがひ」という語をどのように考えるべきか。思うに池主殿は漢籍に見られる「背向」という語の訳語としてこの語を使ったのではないか、と考える。このように理解すると山々が前後して並んで知る姿を表すことになり、朝日の中に手前にも奥にと重畳と聳える「立山」連峰の姿をありありと思い浮かべることができる。この理解が他のすべての場合にふさわしいか自信はないが、少なくともこの歌に関しては、こう理解するしかないと思う。

続いて、上で述べた池主殿の具体性を次に示したいと思う。

白雲の 千重を押し別け 天そそり 高き立山 冬夏と 別くこともなく 白栲に 雪は降り置きて・・・こごしかも 岩の神さび

何重にもかかった雲を貫き聳える「立山」の姿が眼前に浮かんでくるような表現である。そしてまた、私が「常夏に 雪降り敷きて」としたのよりは、池主殿のこの読みざまの方がはるかにわかりやすいことはいうまでもない。私が歌うことの無かった、その山肌の様子についての既述も「こごしかも 岩の神さび」と忘れることはない。そして、この「山」についての叙述に続き、「川」の叙述である。

峰高み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の 音もさやけく

もうくどくど説明はしない。しかし、そこにある川のイメージは私の長歌のそれよりもはるかに明瞭である。「峰高み」の一句をはさみ、「山」から「川」へとの対象の転換も見事である。ともあれ、これで都への手土産となるべき歌が一通り揃った。都の人々はどんなに喜んでくれるであろうか・・・

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