述戀緒歌一首

述戀緒歌一首 併短歌

妹も我れも 心は同じ たぐへれど いやなつかしく 相見れば 常(トコ)初花に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし 我が奥妻(オクヅマ) 大君の 命畏み あしひきの 山越え野行き 天離(サカ)る 鄙(ヒナ)治めにと 別れ来し その日の極み あらたまの 年行き返り 春花の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ 敷栲(シキタヘ)の 袖返しつつ 寝る夜おちず 夢には見れど うつつにし 直にあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕 さし交へて 寝ても来ましを 玉桙の 道はし遠く 関さへに へなりてあれこそ よしゑやし よしはあらむぞ 霍公鳥 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を よそのみも 振り放け見つつ 近江道に い行き乗り立ち あをによし 奈良の我家(ワギヘ)に ぬえ鳥の うら泣けしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門に立ち 夕占(ユフケ)問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を 逢ひてはや見む

あらたまの 年返るまで 相見ねば 心もしのに 思ほゆるかも

ぬばたまの 夢にはもとな 相見れど 直にあらねば 恋ひやまずけり

あしひきの 山きへなりて 遠けども 心し行けば 夢に見えけり

春花の うつろふまでに 相見ねば 月日数みつつ 妹待つらむぞ

右三月廿日夜裏忽兮起戀情作 大伴宿祢家持

我々国守の任にある者は、年に四つの事柄を報告するために文書を作成し、都に使いせねばならぬ。徴税の根幹となる住民台帳たる大帳を携える大帳使・地方の収支報告書たる正税帳を携える正税帳使・様々な貢ぎ物の収集状況を報告したり、その貢ぎ物を都へと運ぶための貢調使・地方官人の勤務状況を報告する朝集使がそれだ。

昨年の秋には池主殿は大帳使として都に赴いて下さった。そして、そのころからこの春の正税帳使にはこの私が行くことに決まっていた。一時的にしろ都の戻り、妻をはじめとした家族と再会できることを楽しみにしていたのだが、この一月からの病によって、それが危うい状況になっていた。ところが、三月に入り私の体調も急速に快復し初め、先日、やはり私が正税帳使として都に赴くことが本決まりになった。

正税帳使は本来二月の末日までというのが決まりではあったが、越中のように雪深い土地の場合は四月の末日まで待ってもらえる。加えて、この度は、私が体調を崩したこともあって、もう数日の日延べをご許可いただいた。四月の末から五月の初めにこちらを出立できればと思っている。

ともあれ、都に帰ることが本決まりとなって、恥ずかしながら少々里心がついたようだ。あれこれと都に行ってからのことを考えているうちに急に妻への恋情がたかまり、それを押さえきれなくなってしまった。こんな時はその思いを歌に詠むことが、その押さえきれぬ思いを制御する方策として最良であることを私は先日(二月二十日)の詠歌により知った。そして詠んだのがこの歌だ。

初めの十句、「我が奥妻」までは我が妻、大嬢に対しての呼びかけになっている。「常初花」のような我が妻をいかに恋しく思っているかを表現したつもりだ。続いて「大君の」から「へなりてあれこそ」まではその妻に自由に会えない切なさを歌った。冗漫に過ぎるほどくだくだしく我が思いを書き連ねたが、私はここまで書かないとどうにも満足できない。性分と言えばそれまでだが、もとよりこの歌は誰に示そうとの考えも無いままに詠んだ歌でもあり、それも許されることかと思う。そして「よしゑやし」から最後まで。ここがこの歌の眼目になるだろうか。「霍公鳥 来鳴かむ月」になって妻と再会するその時のことを、この越中からの道行きを含めて空想しながら詠んだ。こうやって空想することによって、はやる気持ちを抑え、それまでの逢えぬ辛さを少しでも紛らわそうとしたのである。

最後に反歌として添えた短歌四首。これらは長歌の・・・特に「大君の」以降を反復、あるいは要約し、いささかの感慨を申し添えたものだ。長歌を詠むだけではおさまることを知らなかった我が叙情の噴出は、ここにいたって初めて小康を得た。

都へと出立するまで、あと一月あまり。あれこれと庶務を整理しなければならない。正税帳も再度点検しておかなければならないであろう。また、この越中の面々もただでは私を都へと送ってはくれない。もうすでに幾つかの餞の宴にも誘われている。それに久しぶりの都だ。手ぶらで・・・というわけにも行かぬ。手土産となるようなものも・・・歌も・・・用意せねばならぬ。

まことに忙しいかぎりである。

コメントを残す