大目秦忌寸八千嶋之舘餞守大伴宿祢家持宴歌

大目秦忌寸八千嶋之舘餞守大伴宿祢家持宴歌二首

奈呉の海の沖つ白波しくしくに思ほえむかも立ち別れなば

我が背子は玉にもがもな手に巻きて見つつ行かむを置きて行かば惜し

右守大伴宿祢家持以正税帳須入京師 仍作此歌聊陳送別之嘆  四月廿日

いよいよ都へと旅立つ日が近づいてきた。今日は大目の秦忌寸八千嶋がその餞の宴を催して下さるということなので、お言葉に甘えてお宅へとうかがった。以前私の歓迎の宴の二次会でお世話になった館である。客間からは洋々たる海が見える。

昨年七月にこの地に赴任して以来、私が病の床にある時にも何かとよくして下さったこの越中の国府の面々がその場に集ってくれた。秋になれば再びこの地にてまみえることになることは分かっていながらも、やはり、数ヶ月の間この方々とお別れするのは辛い。またこの地の国守たる私がこの地を留守にすると言うことは、残された方々になにかとご迷惑をかけることになるだけに複雑な思いが私のうちにはある。そんな思いを私はこの二首に託した。

一首目。繰り返しては寄せる奈呉の海の白波を題材に、残される方々への思いを歌ったが、この着想は、秦殿の客間から見える大海に着想を得たものである。

二首目。やや恋歌めいた歌いざまにはなったが、それは残される面々への私の思いがそれほど強いものである事を言わんとしようとしたからである。

そして、この二首の後、私は先日作った「二上山賦」を皆の前で披露した。そしてこの作を今回の上京に際しての手土産にしたいとの私の思いつきを聞いていただいた。すると・・・ご一同は「それはよい考えだ。」と、すっかり盛り上がってしまい、この後はそれぞれが歌を詠むことも忘れ、この私の着想を更に充実したものにするためにはどうしたらよかろうという話になってきた。

越中の風土を大和の人々に伝えようとするならば、これだけでは物足りなかろう・・・どんな場所を歌に詠んだらよかろうか・・・・そのためには実際に行ってみなくては・・・・

延々とそんな話ばかりが続いた。

さて、いったいどこの景色詠むべきか?

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